ASDで記憶力がいいのはなぜ?6つの理由と記憶の特徴による困り事の改善法
ASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)の人は並外れて記憶力がいいと言われます。電車の時刻表や数年分のカレンダーが頭に入っていたり、〇〇博士と呼ばれるほど魚や植物などの知識が豊富だったりする人もいます。
この驚異的な記憶力の理由は、記憶の仕方に特徴があること、発達障害によるこだわりや感覚過敏などの特性が関係していると考えられています。
しかし、記憶力が良すぎるために嫌な記憶が蘇るフラッシュバックが起こるなどのデメリットもあります。一方で日常生活の中では忘れやすい一面もあり、さまざまな困り事につながっています。
この記事では、ASDの特徴的な記憶の理由や、記憶力が良いことのメリット・デメリットをお伝えしながら、困り事への対処法もご紹介します。
また、脳を育てる運動療育で支持されている「こどもプラス」の療育もあわせて紹介していきます。
記憶力とは
そもそも記憶力とは、「物事を忘れずに覚えておき、必要なときにその情報を取り出せる能力のこと」を指します。
もし記憶が自分の意思でコントロールできるのであれば、嫌なことはすべて忘れ、良いことや大事なことだけを記憶に残したいものですが、それは不可能です。忘れてしまいたい嫌なことやどうでもいいことはよく覚えていて、忘れてはいけないことほど忘れてしまいがちです。
また、記憶はとても曖昧で、確実だと思っていても実は簡単に変容してしまいます。記憶は、自分の意思だけで選択したりコントロールしたりすることは困難なものです。
記憶には、大きく分けると2つの種類があります。それぞれどのような特徴があるのか説明します。
記憶には短期記憶と長期記憶の2種類がある
記憶は、主にその保持時間によって「短期記憶」と「長期記憶」の2種類に分類されます。
文字どおり、短期記憶は短い時間保持される記憶で、長期記憶は長い時間保持される記憶です。2つの記憶の特徴を詳しく解説します。
一時保存される「短期記憶」
短期記憶は、1分以内程度の短い時間一時的に保持される記憶のことを言います。容量と保持時間に制限があるため、容量がいっぱいになると先に覚えたものから忘れていくこと、時間が経つと消えてしまうのが特徴です。また、消える前に繰り返して記憶を強化した場合は、長期記憶に移行すると考えられています。
短期記憶は、日常生活の中では以下のようなときに使われます。
- 買う物を思い出し、メモ用紙を出すまでの間覚えておく
- 駐車場で駐車番号を覚えておいて精算機へ移動して精算する
このように、すぐに復唱しないと忘れてしまうような記憶が短期記憶です。
参考:短期記憶の連続時間モデルの検証|九州工業大学工学部電気工学科 横井博一
長く残る「長期記憶」
長期記憶は、定着すると忘れることはなくほぼ一生残る記憶です。容量が限られている短期記憶に対して長期記憶に容量の制限はありません。
長期記憶は思い出そうと意識しなくても視覚的・聴覚的な手がかりによって働きかけることで自動的に出てくる記憶で、以下のようなものを指します。
- 行き慣れた場所への道順
- 自転車や自動車の運転の仕方
- 好きな野球チームの選手の名前
- 事故の記憶
短期記憶を繰り返して移行したもののほかに、強く興味を持つもの、印象深いものなどが意図せず自然に記憶に定着します。
短期記憶を使って処理をするワーキングメモリ
ワーキングメモリとは、必要な情報を短い時間保持し同時に処理する能力のことです。脳のメモ帳とも呼ばれている力で、何かの情報を処理しながら記憶を処理可能な状態で保持する働きを持っています。
ワーキングメモリの能力が弱いと、以下のような困り事が起こります。
- 掃除中に話しかけられると、どこまでやったかわからなくなる
- 本を読んでいてすぐに話がわからなくなり、何度も読み直す
- 会話の展開についていけなかったり、聞かれた内容を忘れて答えられなかったりする
- 簡単な暗算ができない
このように、ワーキングメモリは生活面、学習面など日常のあらゆる場面で使う力です。
記憶には、長期記憶・短期記憶・ワーキングメモリといった種類がある中で、ASDの人はどんな記憶の特徴を持っているのでしょうか。
ASD(アスペルガー)の人が記憶力がいいと言われる理由
ASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)の人はずば抜けて記憶力がいいと言われます。その理由には、以下の6つの理由が考えられます。
- 長期記憶が優れている
- 視覚情報の処理が得意
- 過去への執着が強い
- 決まりごとに忠実で忘れない
- 感覚過敏で印象に残りやすい
- サヴァン症候群
この6つの特徴を詳しく見ていきます。
長期記憶が優れている
ASDの人は、短期記憶やワーキングメモリよりも長期記憶が優れていると言われます。長期記憶として残る記憶の量は膨大で、まるで巨大なデータベースに記憶が蓄積されているようだと表現されることもあります。
記憶する対象は、多くの人が興味を持つわけではない特定のものに対して人より多く覚え、かつ忘れません。また、興味関心がなくても見聞きしたものを勝手に覚えてしまい、忘れたくても忘れられないのもASDの記憶の特徴の1つです。
ASD以外の人でも、興味のあること、反復したこと、感情を動かされたことなどは強く記憶に残るものですが、ASDではその比ではありません。
視覚情報の処理が得意
ASDの人は聴覚的な情報処理は苦手で、視覚的な情報処理が得意であることがわかっています。
教育学の分野では、「自閉症児が比較的得意とする視覚的情報処理能力に視点をあてて指導することが有効」と考えられており、コミュニケーション能力や日常生活スキルを養うためにも、ASDの視覚的な情報処理の力は重要視されています。
引用:自閉症児の視覚的情報処理能力に視点をあてたコミュニケーション・スキルや日常生活スキルの指導に関する検討|佛教大学 教育学部准教授 中村義行
また、「カメラアイ」と呼ばれる瞬間記憶能力を持つことがあり、記憶をする際にその場面を写真に撮ったように記憶するのも特徴です。
これらの特徴によって、情報を正確に長く記憶に留めることが可能になっています。
過去への執着が強い
ASDの人は、先のことを予測したり想像したりすることは苦手な一方で、過去へのこだわりは強く持つ傾向があります。例えば、小さい頃の出来事を詳細に覚えていたり、保育園の先生やクラスの友達全員の名前を覚えていたりするなどの特徴があります。
決まりごとに忠実で忘れない
変化が苦手で、ルールや決まりごとを頑なに守るという特性があります。この特性によって、一度覚えたことは忘れずに忠実に行います。
感覚過敏で印象に残りやすい
精神神経学の分野では、ASDの69~95%に感覚の特徴があると推定されています。
参考:自閉スペクトラム症の感覚の特徴|国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所児童・思春期精神保健研究部 高橋英俊 神尾 陽子
苦手な感覚への刺激は強くストレスを感じるため、印象深い記憶として残ります。特にASDではネガティブな体験が長く固着する傾向があり、忘れたくても忘れられなくなるのです。
発達障害の子ども達が過去のトラウマからフラッシュバックを起こしやすい問題については、こちらの記事をご覧ください。
関連記事:発達障害で嫌な記憶がフラッシュバックする人の特徴と対処法
サヴァン症候群
サヴァン症候群とは、発達障害や知的障害を持ちながらある特定の分野に突出した能力を発揮する人のことです。
特定の能力とは、芸術・音楽・計算など多岐に渡ります。
具体的な例では以下のような特徴があります。
<サヴァン症候群で見られる特徴>
- 過去や未来のカレンダーの日付や曜日が即答できる
- 一瞬見ただけの景色を正確に描き起こせる
- 円周率を何万桁も暗唱できる
- 一度聞いた曲をその場で演奏できる
- 素数が光って見えるなど、数字や文字に色を感じる
どの分野が得意かは、人によって異なります。
このような卓越した能力がある一方で、それ以外の能力は劣っているのもサヴァン症候群の特徴です。
サヴァン症候群の特徴が見られるASDの人は記憶力が良いと言われることがあります。では、記憶力が良いことのメリット・デメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。
ASDで記憶力がいいことのメリット
他の人よりも記憶力が良いことで受けられるメリットがあります。記憶力がいいことのメリットには、次の2つがあります。
- 記憶を正確に思い出せる
- 暗記科目で有利
主に生活面、学習面で利点が多くなります。具体的に説明していきます。
記憶を正確に思い出せる
過去の出来事を詳細に思い出すことができます。日付、場所、時間、そのときいた人が何と言ったか、さらに天気や相手の服の色、近くを通った電車など、通常ほかの人は誰も覚えていないようなことまで正確に記憶しています。そのため、スケッチが得意だったり、事実確認の際に確実に答えられたりするメリットにつながります。
暗記科目で有利
記憶力が良いと、暗記科目が得意になるメリットがあります。学校の勉強では、算数の公式、理科の用語、英語の単語、社会の歴史などどの科目にも暗記力が必要になります。そのため、記憶が長期記憶に固着しやすい特性は暗記科目で有利になると言えます。
記憶力が良いとメリットばかりだと思うかもしれません。しかし、並外れた記憶力にはデメリットもあるのです。
どのようなデメリットがあるのか、見ていきましょう。
ASDで記憶力がいいことのデメリット
記憶力がいいことにはデメリットもあります。記憶することとしないことを自分の意志でコントロールすることはできないため、覚えようとしなくても覚えてしまい忘れることができません。
そこから起きるデメリットが次の2つです。
- 過去のトラウマを引きずりやすい
- フラッシュバックを起こしやすくPTSDの原因にもなる
詳しく見ていきましょう。
過去のトラウマ体験を引きずりやすい
過去の嫌な記憶を忘れることができず、いつまでも引きずってしまう傾向があります。何かあるたびにトラウマ体験を思い出してネガティブな気持ちになったり、自分に自信が持てず前向きになれなかったりすることが続きます。
フラッシュバックを起こしやすくPTSDの原因にもなる
過去の嫌な記憶が何かのきっかけで鮮明に思い出され、その当時の心身状態に陥ってしまうことをフラッシュバックと言います。嫌な記憶を忘れたくても忘れられないことで、フラッシュバックを起こしやすくなってしまいます。
フラッシュバックを繰り返すと不安や緊張感が高まり、辛さのあまり現実感がなくなるPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症してしまう可能性があります。
ASDの人は長期記憶が優れているために記憶力が良いと言われることが多いですが、日常生活の中では必ずしも記憶力が良いとは言えない場面もあります。
その理由を解説していきます。
発達障害では記憶力が悪い一面もある
発達障害の人たちには、共通してすぐに忘れやすい特性があります。
忘れやすさにつながるのは、次の4つの特性が原因です。
<発達障害の人が忘れやすくなる原因>
- ワーキングメモリが低く会話や学習面で問題が生じる
- 1つのことに集中しすぎてほかのことを忘れてしまう
- 興味がないことは覚えられない
- 口頭指示は理解しにくく忘れやすい
これらの特性によって実際にどのような困り事があるのか、1つずつ解説します。
ワーキングメモリが低く会話や学習面で問題が生じる
ワーキングメモリとは、上述したように「脳のメモ帳」とも呼ばれる作業記憶のことです。今必要な情報だけを一旦保持し、作業を行い、作業が終わったらその情報を消去することまでがワーキングメモリの働きです。
ワーキングメモリの働きが弱いことで、会話をするときに相手の話の内容を一旦覚えておいて適切な返事をすることや、計算問題を解くときに繰り上がりや繰り下がりの数を一旦覚えておいて暗算することが極端に苦手になります。
1つのことに集中しすぎてほかのことを忘れてしまう
発達障害を持つ人たちでは、1つのことに過度に集中しすぎる「過集中」の特性がある人が一定数います。この過集中の特性によって、今やっていること以外に意識を向けるのが難しく、ほかのことはすべて忘れてしまうことがあります。
関連記事:特性への対処は周囲の協力も欠かせません。
興味がないことは覚えられない
自分の興味があることに関しては驚くべき記憶力を発揮することがある一方で、興味がないことに意識を向けるのが苦手です。そのため、興味の範囲が狭く限定的なASDでは相手の話に興味を持って聞くのが難しく、人に頼まれたことを忘れてしまったり、やるべきことが記憶からすり抜けてしまったりすることがよく起こります。
口頭指示は理解が難しく忘れやすい
ASDの人は視覚的な情報処理能力が高く、聴覚的な情報処理が苦手です。また、話し言葉など目に見えないものの概念を理解するのも得意ではありません。
そのため、口頭での指示は伝わりにくく記憶にも残りにくくなります。
ここまで見てきたように、ASDでは記憶の仕方、記憶力に特徴があります。この特徴によってメリットがある一方で、デメリットや困り事があることもわかります。
次に、困り事への対処方法をお伝えします。
ASDによる記憶の特徴による困り事を改善する方法
ASDによる記憶の特徴から起こる困り事は、まとめると2つあります。
- 嫌な記憶が忘れられない
- 忘れやすい一面があり日常生活に支障がある
これらの困り事を改善していく方法をご紹介します。
気持ちの切り替えでフラッシュバックを防ぐ
過去のトラウマ体験が蘇るフラッシュバックを防ぐためには、嫌な記憶が蘇りそうになったときに気持ちを切り替えることが重要です。
気持ちを切り替えるために効果的な方法は、次の3つです。
- 意識的に違うことを考える
- 休憩をとる
- 運動をする
この3つを心がけることで、気持ちがリフレッシュできてポジティブな思考に転換していきやすくなります。
フラッシュバックを防ぐためのより詳しい方法は、こちらの記事をご覧ください。
関連記事:発達障害で嫌な記憶がフラッシュバックする人の特徴と対処法
メモで記憶の抜けをカバー
ワーキングメモリが弱いことによる困り事には、メモをとる対策がおすすめです。
指示されたこと、今日の予定ややるべきこと、友達との約束、持ち物なども抜けがないようにメモをしておけば、忘れずに済む確率が高くなります。
とくにASDでは視覚情報の処理が得意なので、目で見てわかるようにしておく対策が有効です。
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こどもプラスの運動療育「カンガルー高鬼」の紹介
運動遊びが前頭前野に与える良い影響は、当社「こどもプラス」代表の柳澤が明らかにしています。
運動遊びで全身の筋肉を巧みに動かすことで、脳に多くの情報が入力されて前頭前野が活性化し機能が向上します。
参照:(幼児期の運動支援が前頭前野の発達に及ぼす影響〜柳沢運動プログラムの実践を通して〜|柳澤弘樹)
発達障害は前頭葉の機能障害とされているので、前頭前野に良い影響を与える運動遊びは発達障害の子ども達の能力向上にも有効だと考えられます。
これが、私たちが運動療育を軸としている大きな理由です。
今回は放課後等デイサービスの教室「こどもプラス」が提供している運動遊びの「カンガルー高鬼」をご紹介します。
<遊び方>
- 鬼(指導者)と子ども達は、両足をくっつけたカンガルーに変身し鬼ごっこをします。
- 子ども達は、鬼よりも高い位置に逃げれば捕まりません。
終始カンガルージャンプで移動することがルールですが、速く進みたくて足がバラバラになってしまうことがあります。その場合、両膝の間にハンカチなどを挟んでおくと足を閉じることが意識しやすくなるのでおすすめです。
鬼ごっこは、全力で走ることができ、瞬発力や体のコントロール力を強く育てることができます。また常に意識を周囲の人に向けて動く必要があり、社会性や抑制力、予測する力も養われるので子どもの発達にとても良い遊びです。
「こどもプラス」の運動遊びは種類が豊富で、ほかにもいろいろな種類の鬼ごっこがあります。公式インスタグラムで一部紹介しているので、あわせてご覧ください。動画付きでわかりやすく説明しています。
「療育遊び レベルに合わせる鬼ごっこアレンジ」
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運動療育がASD・ADHDの生き辛さを軽減します
発達障害では、ASDに限らずADHDやLDでも記憶力に関する特性があります。特性は多くの人と異なるので、そのままだと生き辛さに直結します。また、多くは目に見えにくいために、その子がどんな特性があってどんなことに困っているかが周囲に理解されにくいのも発達障害の特徴です。
特性にあわせた支援サポートがあれば子ども達は生きやすくなり、困っていた特性も長所になり得ます。
「こどもプラス」では、子ども達一人ひとりが今必要としている支援を提供し、将来を見据えた療育を行っていきます。全国に190教室を展開しています。ご興味のある方はぜひ最寄りの教室までお問い合わせください。